どのような特許翻訳(和英)が好まれるのか

特許翻訳の方針は大雑把に(極端に)以下の二種に分けられると思う。

(1)直訳派:とにかく和文に忠実となるように日本語を英語に置換する。
(2)意訳派:英文としてできるだけ自然になるようにかつ和文の内容が正確に伝わるように翻訳する。和文から自明である言葉を補っても良いし明らかに冗長な部分は削っても良い。

(2)の方が翻訳者としてはやりがいがあるし、できる人が限られるので翻訳料も高くなるはずである。翻訳単価の値下げがさらに進み(1)ばかりになってしまったら実力のある翻訳者は特許業界からいなくなるだろう。

私が以前勤めていた特許事務所では、どちらかと言えば(1)の方針に近い「逐語訳」が圧倒的に支持されていた。ここでいう逐語訳というのは、原文に存在しない単語を足さないこと、原文に存在する単語を引かないこと、原文で使われている用語が変わってしまうような意訳はしないこと、文の順番や区切りを買えないこと、を方針としたものである。ある程度翻訳調になったとしても、できる限り和文の文言に忠実に訳しつつ外国の審査官に「意味不明かつ不自然な英語である」ことなどを指摘されないようにする、というのが良い翻訳とされていた、とも言えるだろう。

紆余曲折を経てその事務所では自分が英文チェックした外国出願の中間処理は原則自分が担当することになっていた。事務所の規模が大きくなり英語が比較的得意な特許技術者が揃い始めてようやく外国業務においても最低でも出願と中間処理の担当者はなるべく揃えよう、という体制が実現したのである。なお、翻訳はほとんどが外注されていた。

外国出願の中間処理業務というのは特に事務所が成長過程にあると溢れるほど発生し担当者は常に多数の案件を抱え込んでしまう。外国専任であっても中間処理の合間に新たな出願の英文チェックをしなくてはらないため英文チェックにはあまり時間をかけられない。

それでもチェックを怠ると中間処理のときに困るのは自分である。私を含め多くの担当者はできるだけ訳文の全てを和文と照らし合わせながら誤記や訳漏れや誤訳の有無をチェックするようにしていた。

よって、和文の語順通りに一語一句合わせて訳され、かつ英語として読みやすい英文はチェックがし易いと思われていた。あまり派手に意訳されていると誤訳や訳漏れが無いかを確認するのに時間がかかってしまうからだ。また、英語力があまり高くない担当者には、意訳を採用すべきかの判断は不可能である。

例えば主語がない文に主語を補って英訳したとする。主語が1つ前の文章から明らかであれば確認には時間がかからないがそうでない場合は時間がかかることもある。和文がわかりにくかったとしても翻訳者が主語が何であるかを判断できるのであれば、仮に逐語訳にしたとしても主語が何であるかを英文の読み手が判断することは可能なはずである、という考え方もできなくはない。

なお、審査の過程でやばい英訳が見つかる、という事件はたまに発生する。ほとんどが誤解による意訳で生じたものだ。そのような事件が起きると、翻訳の方針はどうしても「逐語訳は正義」と保守的になる。和文は既にお客さんのお墨付きであり、その和文に忠実に作られた英文は悪者にならない。

企業知財部が中間処理のときに参照するのは多くの場合、和文原稿である。また、翻訳時の意訳に関する注意書きなどの細かい経緯まで読んでから業務に取り掛かる担当者ばかりではない。「和文にこう書いてあるからこう補正して。」とお客さんから指示されても英文が大胆に意訳されておりその文言が無いときの対応は結構大変である。

そんな経験を経て、逐語訳は必ずしも悪とは言えないと私は今でも思っている。翻訳業務として面白いかといえば面白くはないしやりがいも少ないだろう。なので、翻訳が大好きでそれを仕事にしたい人には特許翻訳はあまりおすすめしない。翻訳の出来栄えを重視するお客さんに出あうことができれば幸運と思っていた方が良いだろう。

どのような特許翻訳が好まれるのかはお客さんによって異なる。特許翻訳には、お客さんの好みや案件の重要度と性質をできる限り把握し、お客さんに合わせて翻訳する力が必要となる。今のところは、そこが特許翻訳者の腕の見せ所だと思っている。

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