高齢者に敬語を使わない医師/看護師/介護スタッフはなぜ多いのか

「なんで医師や看護師や介護スタッフは患者(特に高齢者)に対して敬語を使わないの?上から目線なの?馬鹿にしてんの?」と不満に思うことが実はこれまでに何度かあった。だが最近では必ずしも、彼らのタメグチ=相手を馬鹿にしている、というわけではないのかもしれない、と思うようになってきた。

それでも彼らが敬語を使わない理由はいまだにはっきりわからない。

というわけで、今の私にとって素朴な疑問となりつつある本タイトルで始まるこの記事を炎上覚悟で書いている。

本記事をきっかけに病院や老人ホームでのスタッフの教育について考える人が増えてくれたらいいなとも思う。

敬語を使わない医師や看護師や介護スタッフに対して思っていたことや思うこと

高齢の母が現在入院中である。母は80を超えていて耳が遠い。入院によるせん妄のせいか、認知症が急に出てきたのか、話を理解する力も弱くなっている。そんな母に対し、病院のスタッフは大きめの声で子供に話しかけるような口調で話をする。

昔の私だったらこのような光景を見ると「何て失礼なの。高齢者を馬鹿にしているとしか思えない。」と不快に思っていた。でも自分の母が年老い、その母と会話することの難しさを理解するようになり、初めて、「別に馬鹿にしているわけではなく、それが一番やりやすいからなのかな。」と思うようになってきている。

それでも基本的に医師や看護師や介護スタッフには可能であれば誰に対しても敬語を使って欲しいと思う理由

患者や高齢者は立場が弱い。病院や介護施設のスタッフが自分に対し敬語を使わないと、自分は敬意を払う価値がないと思われている、と感じる人もいるだろう。たとえ敬語を使わない理由が他にあったとしても、患者に余計な不信感や不快感を持たれないためには、まずは敬語を使うのが無難だと思う。

そうは言っても人手不足の中、厳しい労働条件の中で医療や介護のスタッフの方々のストレスは相当なものだと思う。中には、理不尽な要求をする患者もいるだろう。患者によるセクハラもニュースで取り上げられている。スタッフに対して敬意を払わない患者が多すぎるせいで、患者に敬意を払えなくなってしまったスタッフだっているのかもしれない。

だからこそ患者だって、どのスタッフに対しても敬語を使うことがもちろん大前提である。

ため口や赤ちゃん言葉を余計に不快に感じるようになったそもそもの理由

今は亡き祖母から聞いたずいぶん昔の話だが、祖父が糖尿病で入院中、祖父に赤ちゃん言葉で話しかける看護師さんがいたらしい。

入院前は自宅の立派なステレオでクラシック音楽を大音量で聴くことが祖父の趣味だった。(そして、その趣味は私の父に受け継がれた・・・。)入院中退屈しないように父が祖父に、その時代にしてはまだめずらしかった最新式のSONYのウォークマンをプレゼントした。それ以来、病室ではウォークマンでいつも何かを聴いていた祖父。ある日、上記看護師が「何聴いてるの?」と祖父に言ったらしい。祖父からイヤホンを借りた看護師さんは、祖父がクラシック音楽を聴いていたことにビックリしたとのこと。そして、その日を境にその看護師の態度が一変し、祖父に対し敬語で話すようになってしまったらしい。

その看護師さんは一体祖父が何を聴いていると思っていたのだろうか。クラシック音楽を聴くことがそんなにすごいことなのか。そんな突っ込みどころも色々あるのだが、とにかく、彼女が少なくとも祖父を一人の大人として扱うべきと思うようになったことは確かのように思う。

祖父は元々とても寡黙な人だったので病院でもほとんどしゃべらず、その看護師さんから見たら「ぼけ~っとしたおじいさん」だったのかもしれない。

この看護師も上記の経験によって患者への接し方を改めたのだったとしたら良いなと今でもふと考えることがある。

そして、馬鹿にされている、と悔しい思いをする患者がなくなるよう敬語を病院や介護施設では標準語としてほしいなと思う。

敬語を使わない理由として考えられること

母と話して思うことだが、耳が遠い人に大声でしゃべると、自分が怒っているように聴こえてないか気になることがある。普段から大声でしゃべる習慣がない私ならではの悩みかもしれない。これを敬語ですると、一層怖く聞こえるような気もする。敬語は下手に使うと威圧感が出て詰問調/尋問調になるのかもしれない。よそよそしく聞こえなくもない。

例えば、母が入院している病院でも研修医らしき若い医師が母に敬語で質問をしているのを横で見ていたことがあった。あまりにも尋問調でビックリしたことがある。これは高齢者に限らない話だろう。相手が高齢者なら自分のことを娘や息子と思ってもらえるように優しく話そう、と思ってくれているスタッフもいるかもしれない。

また、高齢の患者には認知機能が落ちている人も多いので、そのような患者に対しては、できるだけシンプルに物事を伝える必要がある。はたから見ていると、どうしても子供相手に話しかけているかのように聞こえてしまうのかなと思う。

患者の家族にもため口で話す看護師がいるが、これも、患者の深刻な病状を説明する際に、家族に警戒心を持たれず絶望感を与えすぎないように、なるべく明るく優しく親しみのあるトーンを保つための手段なのかな、と思うことが最近あり、それまでの考え方がちょっと変わってきた。

特に今見舞いに通っている病院で患者に敬語を使っているのは若い医師や新米らしき看護師のみであると言っても過言ではない。これは仕事に慣れると横柄になってしまうから、というわけではなく、敬語を使わない方が患者とのコミュニケーションが円滑に行えることを体得した結果そうなっているのではないか、と思えるようになってきた。

母が私の今のこの考えを聞いたらどう思うだろうか。「そんなことはない、やっぱり馬鹿にされている。敬意を感じられない!」と言うだろうか。今それを母に聞くと、仮に質問の意味を理解してもらえたとしても大声で母の気持ちを話されてしまって廊下の看護師に聴こえてしまいそうなので聞けないのが残念だ。

けれど、母にも話がしやすい看護師とそうでない看護師や、世話を頼みやすい看護師とそうでない看護師がいるようで、母が苦手に感じている看護師さんはどちらかというと、まだ仕事に慣れていなくて、患者に対しても敬語で対応している看護師さんが多いように思う。まだ不慣れで真面目で不器用だからこそ、患者のちょっとした言動にイラっとしてしまい、それが態度に出てしまう、そんな看護師さん達だ。だから、母も「必ずしも敬語でなくてもいいかもね。」と言うかもしれない。

実際はどうなのか?教科書的にはどうなのか?研修ではどのように教育されているのか?

人により高齢者への接し方はもちろん異なり、一般論はないだろう。だが、教科書的にはどうなんだろう。病院や老人ホームでの研修ではどのような教育がされているのだろう。ご本人達に聞くことができるのであればぜひ聞いてみたいことである。それとも本音は聞かない方がいいのだろうか・・・。

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