大平一枝さんの「昭和式もめない会話帖」を読んで

まえおき:大平一枝さん

朝日新聞の「東京の台所」という人気連載の執筆者としても広く知られているライターの大平一枝さん。

私が大平さんのことを初めて知ったのは朝日新聞で大平さんの連載(「東京の台所」の前にあった連載)を読んだとき。共働き育児の日常をざっくばらんに書いていて、とても共感しつつも、その頃自分には子供がおらず、あぁ、子供がいるとこんなに大変なんだな、私には無理だな、と思っていた。

大平さんの「自分たちでマンションを建ててみた。 下北沢コーポラティブハウス物語」や「世界でたったひとつのわが家」を読んで、将来のコミュニティごと、ある程度住処のデザインに参加できるコーポラティブハウス、って憧れるな~、と夢見たこともあった。

今でも大平さんの執筆状況はSNSで追っていて、「東京の台所」やご本人のホームページに新しい記事が載るとすぐに見に行ってしまう。読むとクスッと笑えたり、ニヤッとなったり、泣けてしまったり。自分も一児の母となった今では、さらに共感度合いが高まり、生活に潤い&励ましを与えてくれる。

「昭和式もめない会話帖」

下のリンクの写真に写っている表紙や、本記事一番上の写真(第1章の始めの頁を撮影したもの)の傑作のセリフを含む、昭和の映画に登場するセリフを抜粋し、1つ1つに大平さんの視点で解説をつけたのがこの本である。

「波風立てぬように、ノーを伝える日本人ならではの忖度を含んだかつての言葉遣いを、遺物にするにはあまりに惜しい。そんな思いから作り上げた本書」に掲載されている昭和式のもめない会話術を「あなたの毎日にも取り入れて、活用していただきたい。」と大平さんは述べている(5頁より引用)」。そして「狭い街で肩寄せ合って暮らす私たちは、先人が大事にしてきた最後まで言いきらない曖昧な表現法をもっと誇りに思っていいのではないか」(195頁より引用)とも。

技術翻訳という自分の職業では、曖昧な表現というのは嫌われることが多いため、仕事柄、曖昧な表現はつい避けてしまうのだが、子どもを通じて知り合う学校の先生やお友達のお母さんなどとコミュニケーションを取る際には波風立てない曖昧な表現を駆使することが必須であると痛感する。これはまさに私に必要な会話帖なのかもしれない。

セリフもおかしいが解説を読むとさらにクスっと笑ってしまうものがたくさんあった。中でもこれは使ってみたいと思ったものを厳選すると以下の3つになる。

(1)『ご立派におなりになって』~「子どもと一緒にいる知り合いに出会ったら。立派でなくても言っておく。」(177頁)

(2)『はっと胸にこたえるものがありまして』~「骨身にしみる、痛感する、胸に響く。心に響いたという感動表現のバリエーションのひとつとして覚えておきたい。」(19頁)

(3)『まだいっぱいややこしいのがおります』~「我が子をほめられたときに、兄弟がいる場合は「この子のほかにも手間のかかる奴がいます」という意味でこう答える。」(17頁)

(1)は、まだ自分の子どももお友達も小さいから言う機会がないが。そして(3)も、うちの子にはきょうだいがいないので残念ながら使うチャンスはないのだが。いずれも使えたら愉快だろうなと思った。

ところで、この本を読んでいて「ネズミに引かれる」という表現の解説の内容(123頁)に驚いた。よく私の母が留守番する父などに「ねずみにひかれないようにね」と言っていたのを記憶しているが、この解説を読むまで、ネズミにひかれるの「ひかれる」って「車に轢かれる」の「ひかれる」だと思い込んでいたのだった・・・。解説によれば、「ネズミが食べ物を持って行ってしまい忽然と何もなくなるように、悪い人に誘拐されることの意。留守番をまかせるときの常套句。」とのこと。子どもに間違った説明をしたばっかりだったので、冷や汗をかいた。今度使うときは訂正しておこう。

関連記事:
「届かなかった手紙」

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください